2021年9月12日日曜日

投資はギャンブルだ

いささか乱暴な言い方ではあるが、「投資」は「ギャンブル」だ。

「競馬」「競輪」「競艇」「パチンコ・パチスロ」「宝くじ」等と同列のものだと、私は考えることにしている。

もちろん異論はあるだろう。

でも、ちょっと考えてくださいよ。

色々調べて勉強して、「これは」という株を買ったとしても、それが本当に将来値上がりするのか、だれも判らない。

「馬券」はどうですか?

「パチンコ」はどうですか?

馬の毛並みや過去の戦績、釘の並びを徹底的に調べ、勉強しても、儲かるかどうか?

買って、打ってみるまで判らないでしょ。


投資も世の中にある賭博も、未来を予測してお金を賭けるわけだから、根っこは同じだ。


ただ「投資」には、他のギャンブルとは違うところがある。

負けても身ぐるみ剝がされる確率は低い。もちろん0%ではないが。

例えば株は、会社が倒産したり上場廃止になれば無価値になるが、上場企業は定期的に経営情報を公開している。

ヤバかったら「ヤバいですよ」と投資家にアナウンスしてくれるわけだ。

おかしなことになる前に、損切すれば資金の一部は戻ってくる。(逃げ遅れる場合もあるよ。念のため。)

悲惨な状況に変わりないが、「一か八か」の他のギャンブルより、生き残る確率は上がるはずだ。


また株価は将来的には「平準化」する。結局適正な価格に落ち着く。

世間の投資家が「安い」と思えば値上がりするし、「高い」と判断すればその逆だ。


そして、まともな経営状況の企業なら「配当金」を分配するし、「株主優待」だってあるでしょ。

大きなリスクを取らず、中長期的に投資すれば、勝率は自然に上がる。


ギャンブルには質の良いものと悪いものがあって、株式投資は上等な部類に入る。


ところで最も悪辣なギャンブルは何だろう?

私は「宝くじ」とか「ロト6」などに代表される「くじ」じゃないかと思う。


まず「くじ」を買っているひとは、自分がギャンブルをしている自覚を持っているんだろうか?

「夢を買う」だとかの言葉を連想するが、その「くじ」が将来「当たるかもしれない」と予想して買うわけだから、立派なギャンブルですよ、あれは。

しかも、どの番号が当たるのかを予想するための「材料」すら提示してくれない。

あなたの「運」だけが頼りだ。


「競輪」「競馬」はレース観戦の「娯楽」としても、一応成立する。競走馬の疾走は一見の価値はある。

「パチンコ・パチスロ」もタテマエとしては「遊興」だ。(個人的には性悪な遊びだと思うが。)


「くじ」はどうだ?

当選番号発表の瞬間はドキドキするな。あれはまぁ楽しいか。

でもそれは一瞬で終わる。上に揚げたギャンブルのほうが、まだ長く楽しめるじゃないか。

そして何より高額当選の確率の低さだ。ネットで調べてくださいよ。限りなく「ゼロ」に近い。

断言しても良い。当たりませんよ。


私なら「ドリームジャンボ」を買う金と暇があるなら、証券会社に口座を開いて、そのお金を入金する。

同じギャンブルでも、そっちの方がよっぽど勝ち目がある。


世間で「ギャンブル」と言う言葉には、どうしてもネガティブなイメージが付きまとう。

はい、私もそう思ってました。確かに倫理や道徳に反する部分がある。

でも、世の中をもっと俯瞰してみよう。私たちは否が応でも選択を迫られ悩む時がある。

その結果の良否は選択した後でしか判断できない。

これって結局「ギャンブル」じゃないか?


私も、酸いも甘いも嚙み分けながらいい歳になって、実に思う。

成否に関係なくリスクを甘受してどちらかに賭けないと、人生は先に進まない

今の生活に満足していて「現状維持」を願っても、まぁ願い通りにはならない。


後はどこまでリスクを許容できるかだ。

それは人それぞれ。よーく考えて未来に投資しよう。

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